真夜中、窓に光が刺してくる気配の無い時刻。
寝室を照らすものと言えば、ベッドサイドに置かれているスタンドの光だけだったが、彼女の身体を愉しむのはそれで充分だった。
真っ白いシーツ―今は皺くちゃになっているのだが―対照的な黒色の髪を広げている。
黒髪には艶があり手で梳くと嘲笑っているかのように指から滑りはなれる。
白い肌は滑らかでしっとりと濡れていた。
無理もない、レオンの欲望を受け止めてからまだ数時間もたっていないのだから。
渇いた咽喉に唾が溜まるのを感じ、嚥下する。満たしたばかりの欲望がもう渇きを訴えているのを隠すように。
「……ん」
ギシ、とベッドのスプリングが軋む音と同時にエイダが喉を鳴らした。
ダークグレイの瞳は瞼で覆われ、長い睫毛が上向いている。
視線を下へ這わせると整った鼻筋に、赤い唇があり小さく開いた隙間から今は静かに呼吸していた。
それにつられて鎖骨も動く。
ぷっくりと柔らかい唇の感触を思い出しながら、レオンは視線を引き剥がすべく瞼を閉じた。
ふつふつと湧き上がる渇望に目を背けるように浅い眠りにつこうとした。
スプリングの微かな揺れ。
レオンが目を覚ますのには充分だった。
彼はまるで条件反射のごとく、細いエイダの手首を取り押さえた。
「あら、起こしちゃった?」
上半身をおこし、振り返ったエイダの顔には悪戯っぽい笑みがあるだけで驚きはない。
彼女の身体を被っていたシーツは上半身からずり落ち、惜しみもなく体の線を露出させている。
「どこへ行くつもりだ?」
自分が納得するまで放してやるものか。レオンは手首を握る手に力を込めた。
「喉が渇いたの。丁度良かったわ、冷蔵庫になんか飲むものある?」
「……開けたポケットにミネラルウォーターがあったはずだ」
「取ってくるだけ。放して、レオン」
まるで言い訳のない子供に言い聞かす母親みたいな声を出す。そして初めて力を緩めた。
本当は自分が取りに行ってもいいのだが、一糸纏わぬ姿で薄暗い部屋を歩く彼女の姿を後ろから眺めるのも悪くはなかった。
揺れる黒髪を見る度に顔を埋めたいと思い、
腰の彎曲したラインを見る度に腕を回したいと思う。
ミネラルウォーターのキャップをまわしながらエイダは再びベッドに戻ってくる。
「おいしいわ」
水分で濡れた唇がとどめをさす。
アナタも飲む?といわんばかりに目の前にボトルを出されつかむべく上半身を起こす。
「……目が覚めただろ」
「?……どうして?」
再びスプリングを軋ませ、エイダは言ったとおり定位置に戻る。
微笑みながら疑問符を投げかけるエイダにそっと囁いた。
「もう一運動してみないか?」
「そんなこと言うと黙らせるわよ」
ふふ、と笑った声が耳に心地よく響く。ボトルをサイドボードに置くと再びエイダの上に重なった。
「その唇を好きにしていいなら、黙るさ」
エイダの返事も聞かないうちに言葉の言えない状態にした。
軽く吸っては、酸素を求めるように開いた彼女の唇に舌をねじ込む。中は温かく、思わず感嘆の声を上げそうになった。
エイダの舌に絡めてはなぞり、どちらとも解らぬ唾液が口内を満たし流れ落ちようとも構わない。
息が次第に乱れるエイダの身体をベッドに押し付けながら、手を滑らせていく。
彼女の身体は柔らかく、力一杯に抱きしめると壊れるのではないかと思うくらい華奢だった。
この自分の幾分もない肩幅や、一見筋肉など見えない体のどこに、銃器の反動を受け止める力があるのだろうか。
いつもレオンは不思議に思うことだった、まだ知り尽くせない彼女の心と身体を探ろうと、指を這わせる。
逃げないように体重で押し付けながら、再びエイダに欲望を受け止めてもらう。
「そこまで好きにしていい、って言ってないわ」
息を乱しながら言う言葉はまるで懇願のように聞こえる。
「そうだったか?…でも、ほら」
足を割って下半身を落とす、エイダに解るように自分の昂ぶりを柔らかい腿に押さえつけた。
「仕方ないだろ」
「…あなたの夜の相手は大変だって肝に銘じておくわ」
「それは光栄だな」
慣らしたばかりのエイダの秘所に再び、腰を落とし押し入れる。
「……んぁっ…」
たとえ喉奥から漏れる声がスプリングの弾む音にかき消されるほど激しく動いても、また求めたくなる。
ダークグレイの瞳が次第に涙で濡れ、息も絶え絶えに眉間に微かな皺を刻み何かに耐えようとするエイダ。
そして背中を弓なりにし鳴きながら小刻みに痙攣するまで一時も目を放さず、その姿を脳裏に焼き付ける。
レオンもまた、身体の奥底から込み上げる、意識を朦朧とさせる快感に抗いながらその華奢な身体に腕を絡ませ抱きしめる。
気を抜けば、まるでひらひら舞う蝶のように消えてしまう彼女を。
そう、朝日が昇りカーテンの差し込む寝室にはもう彼女の姿はない。
レオンの寝ていた場所のすぐ横に微かな温かさを残して忽然と姿を消すのだ。もう何度目か数えきれない。
一緒に朝目覚めてくれてもいいだろう、泣き言にも近いそれをレオンは心の中でつぶやいた。
彼女の姿はこの寝室をどこを探してもない、それにしては生々しいエイダの感触を身体は覚えている。
髪の艶も、唇の柔らかさも、舌でたどった濡れた肌、形のいい胸に――レオンを包む箇所。
これではまるで成長期を迎えたばかりの青年の見る淫夢ではないか。
心なしか軽くなった体を起こし、ベッドから抜け出しては床に散らばっていた下着とズボンをはく。
今日の朝食は何にしようか、など頭の隅で考えながら洗面所に行ったレオンは思わず口端を緩めた。
唇に乱れた紅がついていた。この色を見ると否が応でも甘い唇を思い出す。
「泣けるぜ」
誰にも聞こえないようにそっと呟いた顔には笑みがあった。
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